幼さと憎悪





腕を折られたクラスメイト。

他でもない憎悪によって、八つ当たりによって二人の腕は粉砕されたらしい。


その憎悪は気付けば私のそばに住み着いていて、私はその幼さを遠ざけることが出来ず、こっそりと手を伸べては育てた。

憎悪の正体はやはり私のすぐそばに付きまとうもので、私が同情し憎悪を哀れむほどそれらは増幅して私に住み着いた。

彼らが吐く憂鬱は私にも汲み取ることが出来るもので、糸をくくられたように憎悪に取り込まれて行った。

クラスメイトの腕を折った憎悪を憎み、また自分に危害が及ぶのがとても恐ろしくて最初私は幼さを殺してしまおうとすら思っていたのに。


たゆたう憎悪が増える度、幼さはだんだん顔をみせなくなった。

私はそれに薄々気付きながらも、目の前の憂鬱へ送る惜しげもない哀れみをやめることが出来ず、とうとう幼さは消え失せた。


憎悪は幼さという初心を忘れ憂鬱を吐きつづけた。


憎悪は育つ度、憎悪の他に雑念を持つから自分を可哀想だと思う。

だから憂鬱を吐く。

大概ぐちぐちと表立って憂鬱を吐くのは自分を可哀想だと、なぜ自分だけがこんなに辛いのかと思っているから。

他人を羨むから。


けれど幼さは雑念を持たない。

ただまっすぐ、憎悪を憎悪と名付けもせず、誰に何も言わず腹の中で確実に憎悪を育てる。

それが本来の形であり、本当の形であるはずだった。


憎悪は核である、幼さの確たる憎悪を無くしたことに気付いていなかった。

煌めく炎に集ったはずが、炎が消えたことに気付かないほど憂鬱を吐くのに必死になっている。

他を羨むくせに他を見ようとしない。

自分を哀れむくせに自分を救おうとしない。


泥と化した憎悪は溜まるばかりで、ついに幼さの存在を忘れて沈んでいった。


幼さは光になった。

腹に育てた憎悪を葬りに行くのだと言って笑った。

泥になった憎悪のように、周りを棄てれば自分も生きてはいられまいと悟った。

だから陰りを忘れて光になるのだと言う。


だから私も私に住み着いた憎悪を棄てることにした。

一度には取れない泥も、ゆっくりと落として行こうと思った。

憂鬱を飲んで受け入れた私は光にはなれないけれど、せめて核である炎を消さないように生きようと思った。

砕けた骨も時を経て再び一文字を刻むだろう。

だから取り返せないことを憎みはせず、炎にくべて、まっすぐに行こうと思った。

光になった憎悪は幾分も濁らず私を照らすだろう。